2017年05月01日

城まにあ 岐阜県海津市 河戸城

1966年 大類伸さんが著した「日本城郭全集7」によると
海津市南濃町上野河戸にかつて河戸城(こうずじょう)という城があったそうです

河戸城は、海津市にある日本武尊の杖衝坂あたりにあったそうです

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日本武尊の杖衝坂

日本武尊の杖衝坂とは、日本最古の歴史書「古事記」に日本武尊が伊吹山で冷たい氷雨に合い重病になり、養老山地の東側にあった伊勢街道を通って故郷・大和国に帰る途中、このあたりが急な坂道だったので杖にすがりつきながらあえぎあえぎ進んだという言い伝えのある場所です

この場所と東側の川との間あたりにあったそうなので
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このあたりでしょうか

河戸城は平治元年(1159)頃、河戸七郎によって築城されたそうです
河戸七郎は平家の武将で、この地に塁壁を構えていたので当地の地名を取って河戸七郎と名乗っていたようです
河戸城は当時より河の関所と呼ばれて、関所としてかなり重要視されていたそうです
そこの守りを任されていた河戸七郎ですが、平家の者でありながら平治の乱では、敗れて柴船に乗って落ちてゆく源義朝(源頼朝の父)を、調べもせずに見逃してやったそうです
そのためか、建久4年(1194)源頼朝が平氏の残党を追悼した際、河戸七郎は見逃されたそうです

その後、鎌倉幕府の時代、土岐美濃守光衝が守護になった時も、当地は重要な地点として判官代が置かれ、
河戸七郎の後裔の郡戸七郎が着いたそうです。
posted by 塩谷建設株式会社 at 17:28| Comment(0) | 岐阜県海津市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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